「そうか、ならこの人形は持ち主の子に返してあげてよ!」

はい!と有無を言わさず渡されたピッピ人形(人の形をしていないのに”人形”と呼べるのか甚だ謎だ)を見て、一体自分はいつからこんなお人好しになったのだろうかと苦笑い。
暇だからいいけど、と心の中で呟き、未だ話し足りなそうな会長にコガネ百貨店のくじでもらったピカチュウストラップを渡し、外へ出る。扉を開けた瞬間、体を包み込むような港町らしい暖かな潮風に髪が揺れる。
すぐ横を歩くエーフィを一撫でし、ヤマブキへは空を飛ぶで行こうか散歩がてら徒歩で行くか、ぼんやりと考えた。すぐに返した方がいいかな、と思う反面、せっかくいい天気なのだからのんびりと散歩したい気持ち、半々だ。空を仰げば、青い空と白い雲という海にぴったりな空模様。眩しいほどの太陽は、それでも季節柄それほど強く熱を放たず、心地良い温度を保っていた。あぁ良い天気。のんびり流れる時間に、何となく癒された気分になる。
しかし、ぼんやり考え事をしながら上を向いていれば、自然前方不注意になるわけで。

「うわっ」
「ッ!」

ちょうど大好きクラブの建物の横から出てきた人と衝突。それほど強い衝撃があったわけではないが、考え事で上の空だったせいで受け身をとれず後ろに倒れこむ。
…はずが、後ろへと倒れこむ力よりも強く、前へ引かれた。ディグダでもいたのかな、なんて呑気なことを考えたのも束の間、気が付けばしっかりと地についている足。隣ではエーフィが心配そうに見上げてくる。大丈夫だよ、と言おうとした時、一気に周りの違和感に気がついた。まず、自分が何かの影の中にいること。先程までは太陽の光の中に立っていたのに。それから、

「…あれ?」
「大丈夫かい?」

目まぐるしく変わる視界に思考が追いつかない。落ち着いて、落ち着いて………思い切って顔を上げれば、青い空でも白い雲でもその中を泳ぐキャモメでもなく、人と目が合った。……人?

「大丈夫?」

もう一度降って来た言葉。いい加減戻って来た思考。ようやく現状に気が付いて、そして気が付かなければよかったと思った。

「ご、ごめんなさ……!」

倒れそうになったは、ぶつかった相手にしっかりと抱き留められていた。不可抗力故の出来事だが、ぶつかった挙句相手に抱き留められるとは情けない上に、何よりも恥ずかしい。
は女の自分とは明らかに異なる胸板を押しかえし、相手と距離をとった。

「えぇっと……それじゃああの、失礼します、?」

相手の顔をまともに見れる自信がなかったは、視線を泳がせながら早口でそれだけ言うと男の横を通り過ぎようとして、何か違和感があることに気がついた。

「へ?」

違和感のあった自分の右腕を見て、固まった。そこにはやんわりと、しかし逃がさぬようにしっかりと、の腕を男の手が掴んでいた。
自分の腕を見て、それから相手の顔を見て、は口を開いた。

「ば、賠償金ですか?」
「そんなにお金に困っているように見えるかい?」

改めて男の服装を見て、首を横に振った。男はニコリと笑うと、の腕を離した。案外あっさり自由になった腕を見つめ、男と向き直った。
――すらっとしたシルエットのスーツと、対になっている腕輪と指輪。顔は、まあ、所謂イケメンというやつなのだろう。普通に歩いていても、周りの人が振り返るような外見だった。

まじまじと観察するがおかしかったのか、男はクスッと笑い「僕の顔に何か付いているかい?」と言った。
言われて初めて相手を不躾に観察してしまったことに気がついたは、申し訳なさと気恥ずかしさで顔を朱に染めた。早くこの場から立ち去ろうともう一度会釈をし、ヤマブキへ向かおうとボールを手に取った。
そらをとぶで行こう。そう思い、ボールからカイリューを出し、男に向き直り会釈をする。

「へぇ、いいカイリューだね」
「ありがとうござい、ます?」

しげしげとカイリューを観察しだした男に戸惑いながらも、自慢のカイリューを褒められてまんざらでもない。カイリューはぽかんと首を傾げ、主人であるを見る。

「え、と、私用があるのでそろそろ行きますね。さっきは本当にごめんなさい」
「別に何も気にすることはないよ。気をつけてね」
「ありがとうございます。それじゃあ」

エーフィを抱き上げカイリューの背に乗ると、カイリューは先程の会話を聞いていたのかヤマブキの方へ向き直った。もう一度会釈だけしようと後ろを向くと、にっこりと笑みを浮かべた男を目が合う。
端正な顔に浮かぶ笑みに心臓が早くなる。軽く頭を下げると、男は笑って手を振って言った。

「ぼくはツワブキ ダイゴ!君とはまた会える気がするよ」

後ろから聞こえた声に振り返ると、男、もといダイゴはもういなかった。不思議な人だ。でも、また会う気がする。クチバの風を全身で受けながら、何となくそう思った。


白い風



つづきます UP 11.05.03