※『白い風』続き


シルフカンパニーの社長に呼び出され、新製品の試作品とやらを受け取りに行った帰りだった。どう見ても3年前にもらったシルフスコープにしか見えない『新製品』を片手に1階の受付まで降りた途端、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。受付の人ではない、でも聞いたことのある声。振り向いて声の主を探していると、入口のオブジェのようなものの横から、薄い水色の髪が出てきた。知り合いと言うほど知ってもないが、何の縁か最近よく合う男・ダイゴさんだった。

「ダイゴさん。久しぶり…でもないですね」
「そう?結構久しぶりな気がするけど」

3日ぶりですよ。そう言おうと思って、やめた。何でって、話聞かないんだこの人。二ヶ月くらい前にクチバでたまたま出会って以来、2,3日に一度は会っているこの男。
私が言うのも何だが、変な人なのだ。面白いとは思うが、変。いや、変だから面白いと言おうか。

「今失礼なこと考えなかった?」
「いーえ、何にも!」
「ふうん…まぁいいや。ねえ、君のフォレトスと僕のダンバルを交換してくれないかい?」
「…は?」

突拍子もない申し出に間抜けな声が出た。何がどうなって交換?と言うか、私は彼にフォレトスと見せたことも持っていると言ったこともない。何で持っていると知ってる。訝しげに見上げれば、にっこにっこと後ろに効果音でもついてそうなほどの笑みを浮かべた顔と目があった。眩しいほどの笑顔に、何故かぞっとした。

「突然ですね」
「前からずっと探してたんだけど、見つからなくってね」
「はぁ…でも何で私がフォレトスを持ってるってわかったんですか?」
「それは企業秘密だよ」

フフ、と悪戯っぽく笑う彼はきっと女性受けが良いに違いないとは思うが、生憎私には嫌な予感しかしなかった。はははそうですか、と乾いた笑いを浮かべることしかできない。
やっぱりこの人、変だ。変と言うか怪しい。聞いてもないのにホウエンのチャンピオンだよ、とか言われた時点で逃げるべきだったか。考えれば考えるほどロクなことが出ないので、話を逸らそうと試みる。

「フォレトスはクヌギダマの進化系ですから、野生ではなかなかいないんですよ」
「そうなんだ」
「……クヌギダマなら、その辺の木に沢山いますよ」
「僕がほしいのはクヌギダマじゃなくてフォレトスだよ」
「じゃあクヌギダマを捕まえて進化させてください」
「欲しいポケモンを人と交換するのがトレーナーの醍醐味だろう?」
「私はダンバル欲しいなんて言った覚えありません」
「でも見たことだないんだから欲しいんじゃない?」

ごもっとも。ダンバルじゃなくとも、カントージョウトにいないようなポケモンはぜひ育ててみたい。言葉に詰まった私を見ながら「図星でしょ」と笑うダイゴさん。普通にしていれば格好良いのに、と心の中で悪態をつく。
半ばあきらめかけた私は腰につけていたボールを1つ外し、宙に放った。中から出てきたのはフォレトス。木の下で寝ていたら降って来たクヌギダマが何でか懐いて付いて来て、何時の間にやらパーティに入っていた、そんな子だった。しゃがんで、フォレトスと目線を合わせる。

「フォレトス、ダイゴさんと行く?」

問いかけても誰だそいつは、と言うように体を揺らすだけ。デスヨネー
あの人だよ、とフォレトスの向きを変える。今度はダイゴさんがフォレトスと視線を合わせるようにしゃがんで、フォレトスの頭(?)を撫でる。不思議そうにダイゴさんを見つめるフォレトス。くすぐったそうに体を揺らすところを見ると、嫌ではないらしい。
が、私とて1トレーナーで、自分で育てたポケモンには愛着があるわけだ。フォレトスは他の手持ちに比べれば、一緒にいた時間は遥かに少ない。しかし、そんなことは関係ないのだ。

「……やっぱり、駄目です。無理です。フォレトスは渡せません」

ぎゅっと、フォレトスを抱きしめる。交換に出せるわけない。出したくない。フォレトスはそんな私の気持ちを知ってか知らずか、微かに揺れていた。
ダイゴさんはそれを見て苦笑。仲良いんだね、と頭をなでられ、何でだか涙腺が緩んだ。ぐっと唇を噛んで、涙を堪える。それでも雰囲気でバレていそうで怖い。何と言うか、この人はそういう雰囲気を察するのが上手そうだから。せめて顔を見られたくなくて、フォレトスを強く抱きしめて、そこに顔を埋める。

「GTSに行けば好きなポケモンを交換できるらしいんで、良かったらそこを頼ってください」
「うーん、君のフォレトスじゃないなら自分で捕まえるよ」
「何で私のフォレトスじゃないとだめなんです?」
「え?だって」

”おや”の名前とIDが好きな子だったら嬉しくない?といつもの、いや心なしか3割増し輝いてる笑顔で言われたらドキッとするのが普通じゃないでしょうか。深い意味はないんだ、フォレトス欲しさの言葉と言い聞かせても、すごい勢いで熱が顔に集まる。やばい、とても恥ずかしい。じっとしているのも恥ずかしくなってきて、フォレトスをボールに戻し、勢いよく立ちあがる。それからできるだけ顔を見られないように、自動ドアへとを顔を向けた。

「…み、三日!三日待ってください!フォレトスをもう一匹捕まえてきますから!!」
「いいのかい?」
「三日くれれば何とかなります」
「そっか。じゃあ三日後、ここで待ってるよ」

それじゃあ、と早く立ち去ろうと外へ足を向けた時、思いっきり腕を引かれた。さっきのことで頭が混乱しているせいもあって、あっさりと後ろへ引っ張られる。精一杯の力で後ろを振り向くと、にっこりとした笑顔がすぐそこに。
ぼんっと、頭が爆発した気がした。いやいやもちろん比喩なのだけれども、そう言っても過言ではないほどに私は混乱している。そんな混乱の極みにいる私に、さらなる追い打ちをかけるようにダイゴさんは顔を近づけ、よりによって耳元で(私は耳が弱いんだ!)囁いた。

「それと、さっきの返事もよろしくね」
「!!か…考えときま、す………」

自動ドアが開くと同時に外に駆けだし、とりあえずこの火照った顔と痛いくらい早い心臓をどうしようか考えた。



時々暴風



UP 11.05.11