あつい。もはや口に出すのも億劫になるようなほど日常と化してしまったその言葉は、しかし何度もつい口を出てしまった。もう何度目かわからない「あつい」を零した瞬間、またか、という呆れ声が降って来た。

は本当に暑がりだな」
「…百歩譲って私が極端な暑がりだとしても、ワタルのその格好よりは普通に近いと思うよ」

 隣を歩く、自分よりもはるかに背が高い赤い頭を見上げながら言う。いつものようにマントは付けていないが、それでも長袖長ズボンだ。ショートパンツに半袖を着ている自分とは対象的だ、と思う。そうか?と首を傾げるワタルに適当に頷き、前を歩く。綺麗に舗装された道を歩きながら、太陽の眩しさに目を細めた。
 久しぶりに2人きりで出かけていた。どこへ行こうと決めるでもなく、何となく、公園を歩いている。何を見るでもなく、ただ2人で並んで、とりとめのない話をしながら歩いていた。話題など尽きてもおかしくないほどに同じ時を歩んできたが、不思議と話題が尽きることはなかった。それが故に、所謂幼馴染と言う関係から、恋人という甘ったるい響きの関係になったのだろうけれども。

「あついあついと言う割に、は汗をかいてる様子ではないよな」
「んー基本的に暑いとは思うけど、体はさほどそう感じてないみたい。あちこち回ってるうちに変温動物になったのかも」
「なるほ…いやいやいや、人としての域は超えないでくれ」
「あはは、うそうそ。汗だってちゃんとかいてるよ。目に見えて汗っかきじゃないだけ」

 幼馴染から恋人になったからと言って、目に見えて変わったことはなかった。ワタルはチャンピオンとしての仕事があるし、私はフラフラと旅してまわることをやめはしなかった。お互いに会える時にあって、たわいない話をする。それで充分だった。ただ、ただの幼馴染のときから変わったことと言えば、会って話しての他に、キスをしたり…時折それ以上のことをしたりするという、やることの選択肢が多少増えただけ。その選択肢の増加こそがただの幼馴染と恋人の最大にして唯一の違いだったのだが。
 もちろん恋人になったからといって幼馴染であることには変わりなかった。幼馴染と言う関係に、恋人という言葉が付与されただけに過ぎない。だからその昔から変わらない関係が時々わからなくなる。何と言うか、”恋人”という言葉がうまく当てはまらないのだ。もっとこう、他に適切な言葉があるような気がして、

「私たちって、何なんだろうね」

 ぽつりと呟いた言葉が、夏のアスファルトに溶けてゆく。言っておいて無責任だが、虫取り少年や、ポケスロンの歓声にまぎれて、届かなければいいと思った。いるだけで楽しい、という関係はかけがえのないものだ。自分だけが「恋人と言う感じがしない」なんて言って、それが壊れるのは嫌だった。でも、曖昧なもやもやする関係は辛い。矛盾してる。自分でも思うが、どうしようもなかった。

は何だと思う?」
「え、?」
「俺たちの関係を、どう思う?」
「……幼馴染以上、で恋人以上。恋人よりももっと、近くないかなって」

 自分でも何て言っているかよくわからないのだから、ワタルからすればもっとわからないだろう。そう思うと顔を見れなくて、俯いて足先だけ見つめていた。
 不意に名前を呼ばれ、その声の優しさに驚いて顔を上げる前に、思いっきり抱きしめられた。さらに驚いて目を白黒させるも、ぎゅうぎゅうと潰されん勢いで抱きしめられ息が苦しい。

「っワタル、苦しっい、!」
「っあぁ、悪い」

 少しだけ腕の力は緩められたものの、なお離してはくれなかった。意味がわからない。でも、慣れた腕の中は居心地が良くて、自分から離れる気にもなれない。もう本当に、何なんだろう。嬉しいのに、胸が苦しい。あれ、でも、この感覚。

「……幸せ、」
「あぁ、の思ってくれてるのって、そういうことだろ」
「そっか、私、幸せなんだ…」
「それにしても幼馴染以上、恋人以上って、もう家族だな」

 明るく笑うワタルにつられて笑おうとしたのに、なぜか涙が出てきそうになって、堪えるためにおかしな顔になる。わかっているのか、もう一度ぎゅう、と腕に力を込められ、頭を撫でられる。いつもなら子供扱いするなと怒るけれど、今日はそれが心地良くて、体を預けて幸せの中に溺れていった。



限りなく幸せに近い現状



UP 11.07.24