気になる子がいる。
その子は(子、というには年を重ねているが)毎朝同じ時間、同じ場所で見かける。他の乗客の波に呑まれてあっという間に見えなくなる彼女。長い髪に落ち着いた色合いの服を着た彼女を、通勤かな、とぼんやり見送った。 いつもの光景だったのに、その姿がすっごく頭に残った。




「あ、」

またいる。今日も昨日と同じ時間、同じ車両だ。肩に下げた鞄を胸に抱え、人込みに押し潰されない様に必死に歩いている姿を見て、何だか胸が温かくなる。本人には悪いけど、小さい体でぴょこぴょこ動く姿はとても可愛らしかったんだ。
気が付けば目で追っている自分がいた。名前も知らない彼女。日に日に僕の中での存在が濃くなっていく彼女。名前、何て言うんだろう。どこで働いているのかな。彼女のことを考えるだけで楽しくなって、ノボリに訝しげな目で見られるのも気にならなかった。





「あの、すみません」
その日がいつもと違った。
いつもの場所に彼女がいないとがっかりしていたら、聞いたことのない声が聞こえた。まさか、と思って振り向いたらそのまさかで。

「ライブキャスターを落としちゃったんですけど、落し物にありませんか?」

突然の驚きと初めて間近で見た感動とで、何を言われているのかわからなかった。多分、今ぼくすごく間抜けな顔してる。
何も言わないぼくをおかしく思ったのか、彼女は困ったように眉を寄せて、ぼくのコートを控えめに引っ張った。

「あの……」

申し訳なさそうに見上げてくる彼女を見て、今まで感じたことのない感情が体中を支配した。



あぁ、ぼくはこの子に恋してる!

それからいつまでも固まっているぼくと、困ったようにオロオロする彼女を見つけたノボリがその場を収束させたのは15分後のことだった。

110524