一目惚れは嫌いだ。その人の人格を見ずして、見た目だけで好きになってしまうのは本当に好きとは言えないのではないかと思う。そりゃあ、ゲームや漫画で見た目が好みなキャラクターを好きになるのは構わない。しかし、実際に存在する人には一目惚れなどあり得ない。
そう、思ってた。




「一目惚れですか」
「………うん」

机を挟んでノボリと向き合い、ぼくは頷いた。間には飲みかけのコーヒーが入ったマグが2つ、ぼんやりぼくとノボリの顔を映している。間の抜けた顔だなぁと、無感情に思いながら黒い液体を飲み下す。ぼぅっとしているこの頭が少しでも目覚めれば良い、と思ったけど、そんなことはなかった。
ボーッと黒い水面を眺めるぼくを、ノボリは呆れたように、ちょっぴり嬉しそうに(この辺の表情の機微に関しては、我ながら長年の付き合いの賜物だと思う)笑った。

「そうですか、クダリが一目惚れを…」
「なに」
「いえ、最近何だか様子がおかしいと、駅員とも話していたのです」

しかしこれで合点がいきました、と、ノボリは言う。ノボリからすれば疑問が解決していいかもしれないけど、ぼくからしてみれば聞き捨てならない言葉だった。

「え、駅員もって、皆言ってたの?」
「えぇ、最近ボスの様子がおかしい、ぼんやりしていると言われました」
「ぼく、そんなに変だった?」
「それはもう。ここのところ、バトルサブウェイの中ではその話題で持ちきりにございます」

バトルに支障をきたさなかった点は流石ですが。そう言ったノボリの声は届かなかった。こんなに周りにもバレてたなんて!気恥ずかしさで顔が熱くなる。ちらりと帽子のつばの影からノボリを見ると、仏頂面の常とは違い、柔らかく笑っていた。長いこと傍にいるけど、ノボリがそんな表情をするのは初めてのように思えた。
よっぽど不思議そうな顔をしていたのだろう、ノボリは混乱するぼくに言った。

「恋とは戦争でございます。頑張ってくださいまし、クダリ」



思わぬ場所からの声援

まさかノボリの口から恋なんて聞こうとは、想像もつかなかった、なんてうっかり口を滑らせたら案の定殴られた。

110602