「あたしは他のおつかいがあるので、もう行きますね!」

パタパタと忙しなく走ってゆくヒカリの背中に手を振り、姿が見えなくなったところで手を下した。そして、真横にある一般的な家にしては大きな建物を見つめる。
小さく深呼吸をした後、は建物――もといナナカマド博士の研究所――の扉を開いた。




「すみませーん、ヒカリちゃんに連れて来られたでーす」

見た目通り広い研究所の中、は声を上げた。すぐに研究員らしい、白衣を着た男が現れ奥へと案内される。さほど長くもなかった廊下の先の、いかにも研究室らしい資料が溢れかえった部屋に、その人はいた。

「初めまして、ナナカマド博士」
「おぉ、君がくんだね?オーキド博士から話は聞いているよ」

まあ座りなさい。そう言って指し示された椅子に腰かけ、鞄の中から小さな、携帯ゲーム機のような機械を取り出し、博士に手渡す。随分と使い古した様子のソレは、の今までの旅の記録のようなもの。今まで出会ったポケモンのデータで埋まっていた。初めて旅立ってから今までの出会いの記録が、小さな機械の中に詰まっている。
渡された博士はしばらく機械を操作した後満足そうに頷き、先程の図鑑の代わりに真新しい、少し形状の異なる機械をに渡した。

「シンオウのポケモン図鑑だ。カントーやジョウトの図鑑と統合するのは少し時間がかかる、その間こちらの図鑑を使ってくれたまえ」
「ありがとうございます。今までの図鑑は?」
「君が旅をしている間に全国図鑑にアップデートしておくよ」
「そうですか。じゃあ、お願いします」

礼を言い、先程部屋まで案内してくれた研究員が出してくれた紅茶を飲みながら、部屋を見渡す。
カントーのオーキド博士、ジョウトのウツギ博士の研究所とそう変わらない、機械と紙で一杯の部屋。何だかんだで研究所によく呼ばれていたにとっては慣れ親しんだ空間だった。

くんは、シンオウへ来るのは初めてか?」
「私自身が来るのは初めてです。知り合いがいるので、話に聞いたりシンオウのポケモンをもらったりしたことはありますけど」
「そうか、しばらくは寒さとの戦いになりそうだな」
「デスヨネー…」

一面の銀世界、とまではいかないものの、どこへ行っても雪の降り積もった場所を見つけられる辺り、寒さに不慣れなにとっては結構な試練。ナナカマド博士は「うぅ…」とか何とか唸るを見ながら、ふと思い立ったように席を立った。何事やら、としばらくぼうっとしていると、博士が赤と白の、よく見慣れたボールを片手に戻ってきた。

「図鑑のお礼と言っては何だが、この子をあげよう」

そう言って差し出されたモンスターボール。ボールの中には首をかしげてこちらを見上げる青いペンギン…もといポッチャマ。
ボールを受け取り中から出すと、思った以上に小さい、それでいてなかなか強気な雰囲気を醸し出している。先程もらった図鑑を開き確認したところ、なるほど、プライドの高いポケモンらしい。
ポッチャマは見知らぬを小さな体の小さな目でじっと見上げ、もまたその視線を受け止めた。見合ってみ合って…笑った。

「いいんですか?もらっちゃって」
「あぁ。この子も仲間がいなくなった研究所にいてもつまらんだろうからな」
「じゃあありがたく…ポッチャマ、よろしくね」
「ポッチャ!」

元気良く挨拶をしたポッチャマを抱き上げると、ポッチャマはひょいと腕をすり抜けの頭に登った。「ポチャポチャ!」と嬉しそう声を聞く限り、どうやら頭の上が気に入ったらしい。
米袋を持つと重いと感じるのに、ポケモンだと重いとは感じない。不思議なものだ。これが愛か…と一人納得してると、早くも定位置を手に入れ嬉しそうなポッチャマ。早速懐いて楽しそうにしている一人と一匹を満足そうに見ていた博士は、そうだ、と思いついたように資料に埋もれた棚を漁り始めた。は頭にポッチャマを乗せたままその様子を眺める。
しばらく経ってからお目当てのものを見つけたのか、ナナカマド博士は埃まみれになった顔での元へやって来た。

「ついでだからこれも持ってきなさい!」
「…技マシン?」
「うむ。”おんがえし”という技なのだが…懐いているほど威力が上がる、君たちにぴったりだろう」
「わー…ありがとうございます!」

技マシン 売れば意外と 金になる
一瞬よぎった邪な考えは打ち消して、差しだされた技マシンを受け取る。旅の序盤は技に困ることが多いから、どんな技マシンでも馬鹿にならないものだ。お礼を言いながら、鞄から技マシンケースを取りだしてもらったものをしまう。…おんがえしが既に入っていたことは博士には言わないでおこう。

「君のレベルならどのジムから行っても問題はないだろう…と言いたいところだが、シンオウにはシンオウのジムがある。この意味がわかるかね」

博士の言葉の意味を汲み取りかね、ふるふると首を横に振る。頭の上に乗っているポッチャマもに合わせて首を振っている。早速息の合っている一人と一匹を微笑ましそうに見ながら、博士は口を開いた。

「あちらの地方でもバッジがないと使えない技があるように、こちらでもバッジの数によって使える技と使えない技がある」
「……つまり、あっちでは”そらをとぶ”で街から街へ移動できたけど、こっちではこっちのバッジを集めなきゃ使えない、ってことですか」
「その通り。だから今はクロガネシティを目指さんことには先へ進めないぞ」
「ひゃー…進む道が一本なのはいいけど、なみのりとか使えないのは痛いなぁ」
「まぁ初心に返ってみるのもいいだろう。ポケモンは…そのメンバーで行くのかね」

言いながら、博士がの腰につけたボールに目をやる。博士の言わんとしてることがわかるだけに、苦笑しかできない。
このメンバーでジムを回ったらジムリーダー泣かせにもほどがある。ジムリーダーを馬鹿にしているのではなく、ジム体制の都合上。

「シンオウではシンオウで捕まえた子を使うって決めてるんです。…秘伝技はこの子たちに借りるかもしれませんけど」
「感心だな。ではそんな君に、選別だ」

受け取ったのは、図鑑くらいの大きさの機械。画面とボタンが二つ。一瞬ポケギアかと思ったが、どうやら違うようだった。

「これは?」
「ポケモンウォッチ、略してポケッチだ。最近流行ってるらしいがな、わしが持っていても使わんし君にあげよう」
「いいんですか、こんな高そうなもの…!」
「いや、コトブキシティに行った時にもらったものだからタダだよ」
「マジですか」

どんだけ太っ腹なのポケッチ制作会社。いや、博士だから、か?
とにもかくにも、良いと言ってるのなら断る方が野暮だろう。そう考えたはそれ以上は何も言わず、ありがたく受け取ることにした。

「それじゃあ、行ってきます」
「うむ!気をつけてな!」

鞄を肩にかけ、頭にポッチャマを乗せ、研究所の扉を開いた。開いた瞬間体を包み込む冷気に肩を震わせながら、は歩きだした。







しかしこの後さんは旅用荷物を忘れていることに気が付いてフタバタウンの家に戻るのであった。

100303