研究所から出てすぐにコトブキシティに向かおうとしただったが、妙に身軽なことに違和感を覚え確認してみると、トレーナーとして必要な旅の道具一式の入ったカバンを家に置いて来ていることに気が付いた。それもそのはず、がその日研究所へ行ったのはたまたま出会ったヒカリに連れて行かれたからで、そのヒカリに出会ったのはただの散歩の途中だったからだ。慌てて来た道を引き返し、母に小馬鹿にされながらも自室へ戻ってきていた。

「やれやれ、よりによって旅用カバンを忘れるとは」

よっこいしょと若干年寄りくさい掛け声で、必要最低限の物しか置いていない部屋の中心に置いてある大きな旅用のカバンを持ち上げた。中身はカントーやジョウトを旅していた時に使っていたクスリや旅のお役立ちグッズ、技マシン、きのみやボールが詰まっている。見かけ以上に物が入っているカバンだが、さほど重くは感じない。この世界には質量保存の法則など存在しないのかもしれない。と言うか、カビゴンをボールに入れて持ち運べる辺り、そんな法則あったら困るどころの話ではない。
そんなことを考えながら、は母に旅に出ると告げ、バランス良く頭に乗り続けているポッチャマと共に再び冷たい空気の中へと出ていった。




マサゴタウンへ着くまでの間にレベル上げを兼ねて何回かバトルしたポッチャマを休ませるためにポケモンセンターに入った。ジムもなく、さほど大きくない街だからかトレーナーもまばらで、ポッチャマの入ったボールはすぐに戻ってきた。ジョーイさんにお礼を言って受け取り、勝手にボールから出てきたポッチャマはまたの頭の上によじ登る。そんなにそこが気に入りましたかね、ポッチャマさん。戯れにそう尋ねてみると、当然だと言わんばかりの声音で「ポッチャ!」と返って来た。喜ぶべきか否か、束の間迷う。
迷いながら視線を漂わせていると、ちょうどポケモンセンターに入ってきた金髪の少年が目に入った。すごい頭。思わずまじまじと見ていると、ぱちっと、視線が重なった。一度目が合うとどうにも逸らせないもので、とりあえず笑顔で手を振ってみる。すると少年は一瞬首を傾げた後、何かを思い出したかのように目を大きく見開いた。

「あぁあーっ!!あんた!」
「……………私?」

金髪の少年は大声を上げたと思ったら、思いっきりこちらに向けて指を差してきた。指を指してくると言うことは、少なくとも私のことを知っているのだろう。この際人に指を差しちゃいけません、なんてことは置いておこう。
なんだなんだ、私は君のことなぞ知らな……いと言いきれないのは何でだろう。こうやって正面から見ると、どこかで見たことがあるような気がしてくる。

「えーっと、私は君のこと知らないんだけど、どこかで会った?」
「オレも会ったことはないけどさ!あんたさんだろ!?」
「うん?そうだけど…」

間違ってない、私は確かにだ。今までそう名乗ってきたし、芸術家でもタレントでもないからペンネームや芸名もない。そう思いながら肯定すると、子供らしい、期待、希望に満ち溢れたきらきらした目で見つめてきた。
いやいやいや、そんな純粋な目で見られるほど、私は何かしましたか。何となく目を合わせ辛く、でも目を逸らすこともできず、妥協して少年の少し横に視線をずらした。そんな居心地の悪さを感じているのはどうやらだけのようで、少年は変わらず嬉しそうにを見つめている。

「すっげー!俺さ、一度でいいから会いたかったんだ!」
「ちょ、ちょっと待って!何で?」
さん、フロンティアで親父を倒した人だろ!」
「親父…?……あぁあ!もしかしてクロツグさんの息子さん!?」

どこかで見たことあるような気がする、と思ったのはどことなくクロツグさんの面影があるからか。そういえば、息子がいるとか言っていた、気がする。
それにしても、すげーすげーと純粋に目の前で言われると結構恥ずかしい。ジムを制覇した時、リーグでチャンピオンに勝った時、フロンティアで成績を残した時、いつも取材関係を一切断ってきたせいで、ある意味レッドのような存在になりつつあったは、こういうふうに直接すごいだの会いたかっただの言われることが苦手だった。何と言うか、ものすごく恥ずかしいのだ。
それでも、

「っあー…君はお父さんみたいになりたいんだ?」
「おう!いつか親父を超すのがおれの夢なんだ!」

嬉しそうに、楽しそうに話す様子が微笑ましくて。それを自分に言ってくれるのが嬉しくて、くすぐったい。何となく自分まで笑顔になってくる。ちょうど、ヒカリと出会い、新米トレーナーらしい不安と期待を持った初々しさを見た時のように。

「なぁなぁ!さんのポケモン見せてくれy「あぁあ!!ジュン!!」あ、コウキじゃん!」
「え、え、え?」

金髪の少年の他に、赤い帽子をかぶった少年がやってきた。赤い帽子の少年は金髪の少年、いや、コウキはジュンを見つけると勢いよく駆け寄って、駆け寄って…

ジュンの頬に右ストレートをかました。

「人に迷惑かけちゃダメだろ!せっかくポケモンもらったばっかりなのに!」
「いてぇええ!!殴らなくてもいいだろ!?」
「あぁあもう…すみません、ジュンが迷惑かけて…」
「え、あ、別に迷惑はかけられてないよ、大丈夫」

当の本人が平気だと言ったことで、赤い帽子の少年、もといコウキはまだ少し不服そうながらも握りこぶしを解いた。その姿にホッとしているジュンを見て、思わず苦笑。何だかんだで仲の良さそうな2人は、幼馴染か何かだろうか。正反対な性格らしい2人の幼馴染。何だかデジャヴ。カントーにいる例の2人を思い出し、何となく笑えてくる。
そんなを余所に、ジュンはまた「あ!」と大きな声を上げた。反射的なのか、内容を聞く前にコウキが「うるさい」と拳を一発。ジュンは恨めしそうにコウキを見ながら、を見上げて言った。

さんのポケモン、見せてくれよ!」
「ジュン!いきなり失礼だろ!」
「そんなことだったら、喜んで。減るもんじゃないし」

言いながら、ボールを1つ手に取り軽く投げる。出てきたのはカイリュー。大きなポケモンを見たのは、と言うかカイリュー自体シンオウでは珍しいのか、ジュンとコウキは小さく歓声を上げた。カイリューはに寄り添いながら、好奇心に満ち溢れた目で見上げてくる2人の少年を不思議そうに見下ろしていた。「私の初めてのパートナーだよ」と紹介すると、ジュンはすげーすげーと、コウキは何も言わないものの目を輝かせる。
ポケモンもひとつの命・感情をもつ生き物。普段なら見せびらかす(とはまた少し違うが)ようなことはないが、この二人なら大丈夫。は何となくそう思った。

「くー!ホントならさんにバトルしてもらいたんだけど、流石に今は無理だ!だから、おれが強くなったらバトルしようぜ!」
「ん、いつでもどうぞ。楽しみに待ってるよ」
「よーっし!そうと決まれば善は急げだ!オレ、ジムバッジをもらいに行く!じゃーな!」

そう言い残すとボールから出したヒコザルと一緒に走って行った。「約束破ったら罰金なー!」と叫んでいるジュンの後ろ姿に、は手を振るしかなかった。なんというせっかちな子。若いってすごい。そんな若干年寄りくさい考えのの横で、コウキはジュンの出て言ったドアを見て溜め息をついた。

「すみません、ジュン、いつもあんな感じで…」
「いやいや、元気でいいんじゃないかな。それより、コウキ君もジュン君も旅は始めたばかり?」
「はい。つい昨日ナナカマド博士にポケモンをもらって、今日から旅に出るんです」
「そっか。じゃあこれから旅先で会うかもね」
さんも旅のトレーナーなんですか?」
「うん、カントーから来たんだ。これからシンオウのジム巡りと、ナナカマド博士の図鑑埋めを手伝うつもり」

だから、旅をしていたらまた会うかもね。はそれだけ言うとカイリューを連れて外へ向かった。突然歩きだしたに一歩後れ、コウキも走って外へ出る。もしかして自分が何か気に障ることを言ってしまったのではないか。コウキはそれを心配したのだ。は走って付いて来たコウキに驚き、隣のカイリュー、頭の上のポッチャマと共にコウキを見た。

「あのっどうしたんですか急に!」
「え?……あぁ、うん、ジュン君やコウキ君を見てたら、何だか旅に出るのが楽しみになってきてね」

新しい地方で後輩にあたる新米トレーナーに出会って、久々に新しいものへの期待、これから先の出会いが楽しみで、希望に満ちているように思えた。初めて旅に出た時のような不安よりもずっと大きな期待が胸にあふれた。だから、ついうずうずして、早く旅に出たくて。そう伝えると、コウキは安心したように笑った。じゃあ、これから先輩と後輩であり、ライバルですね、と。大人しそうなコウキからなかなか好戦的な言葉を受け取り、一瞬驚いた後、すぐに笑い返した。

「挑戦ならいつでも受け付けるよ、トレーナーさん」

2人で笑って、それから別々の道を歩き出した。







ヒカリさんコウキさんの身長が145cmだったのでジュンくんもそれくらいかなーと思ったので、さんは3人より大きめで。3人よりそれなりに年上です。

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